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2011年 01月 23日 ( 1 )

青年塾

平成23年1月23日(日)
1330号

「青年塾のレポート」

上甲 晃
京都大学を卒業後、松下電器に入社、
昭和56年、松下政経塾に出向、理事
塾頭、常務理事、副塾長を歴任後、
平成8年、志ネットワークを設立
「青年塾」活動を始める。

その上甲先生の主宰されている青年塾
昨年は章子先生がその13期生として
一年間、勉強させていただきました。
その青年塾のネットワークに素晴らしい
レポートがありました。

長くなりますが掲載させていただきます。


東海クラス6期の辻本さんの主催する志葉会の第41回が開かれました
映画「マザーテレサ・その世界」の千葉茂樹監督をお招きし
みんなで映画を見て、お話を伺いました。

お話の内容は以下に。
「運命の人との出会い」

映画『マザー・テレサとその世界』(1979年)

『マザー・テレサと生きる』(2009年)   監督 千葉茂樹



1997年9月5日マザー・テレサは亡くなった。いつものように奉仕活動していたが、急に胸が痛いと言われ、他のシスターに付き添われ横になり静かに息を引き取った。最後の言葉は、十字架に向かって「I Love You」だった。貧し
い人たちの中にイエス・キリストを見て愛し続けた生涯だった。



1974年ベルギーに行った時に、普通の家庭に肌の色の違う子供たちがいるのを見て、国際養子の存在を知った。興味を持って国際養子の居る家庭を訪問し取材した。

 「自分の子供もいるのに、さらに外国人の養子を育てている。どうしてですか?」と質問すると、「おなかを空かして困っている子供がそこにいるとしたら、どうしますか」と逆に質問された。「もちろん何か食べ物を上げますよ」と答えると、「そうでしょ、私たちも同じことをしているだけ」と当たり前のように言われた。

 「実の子供と養子と両方が溺れているとしたら、どちらを助けますか?」。私はもちろん実の子供を助けるに決まってると思いながら、私は意地悪な質問をした。

「下らない質問をしますね。近くにいる子供から助けるに決まってるでしょ」と言われた。

 インドから養子に来た子供はマザーの家から来たと聞いた。そのとき始めてマザー・テレサの名前を始めて知った。当時は日本のクリスチャンもほとんど知らなかった。

クリスチャンでも無いので縁もなく、アポイントも取らずマザーを訪問した。早朝なら会えるだろうということで6時ごろから出かけた。日本から来たので少しでもお話聞かせてもらえませんかとお願いしたら、時間を取ってくれた。

 世界中どこへ行ってもゴム草履で歩いているせいか、親指は変形しており、凄い足をしていた。小さな部屋に案内されたら、天井の扇風機が動かない。マザーはモップを持ってきて扇風機をつついた。すると動き出し、マザーはおもむろに「日本にも貧しい人は居ますか?」と聞いてきた。「居ます」と応えると、目を輝かせて、強い言葉で話し始めた。

「貧しい人は素晴らしい人たちだ」So great!!などという言葉が何度も出た。



 マザーに教えてもらったムンバイや他の施設を訪問した。そしてそこでボランティアの人たちと食事をしたら、エアラインのスプーンなどがある。飛行機の機内食で残った食事を作り直したものだった。ちょうどそこでシスターたちに頼まれた。ベルギーへ行く7人の子供を飛行場まで送って欲しい。その子供たちはベルギーへ行く国際養子だった。最初のきっかけも国際養子だったし、インドでも国際養子に出会った。国際養子についてその後も取材を続けるうち、3年後ベルギーでのそのときの子供たちに再会することにもなった。



私は21歳のとき映画監督の新藤兼人に出会い、運命の出会いの一人となったのだが、彼にマザー・テレサの映画を撮りたいと相談すると、社会主義者で宗教には冷ややかだった。「死を待つ人の家」では世の中は変わらない。新藤兼人に「そんなことでは貧困は無くならないし無駄だ。そんな内容では映画にならない」と言われた。



偶然妻の知り合いのシスターに出会い、マザーの話をして一緒に映画を作ろうとなった。資金は女子パウロ会も半分出してくれることになった。

 ただ問題は二つあった。まずマザーが映画に出てくれるかどうか。マザーの活動はインドのスラム街であるから、インド政府のスラムでの撮影許可が必要だった。時間はかかったが、許可を得て撮影できることになった。

 インドで撮影許可をするために役所通いをしていたら、そこで読売新聞の支局の人と出会い話をすると、「役所の担当者がターバンを巻いているならシーク教徒だろう。彼らはターバンを誉められると喜ぶから誉めるといい」と教えられ、次から訪問するとターバンを誉めまくった。その効果かどうか、3週間後にやっと許可が下りた。

 すると今度はインドへ来たカメラマンのカメラが別の飛行機に積んで世界のほかの国へ行ってしまった。マザーをすでに何日も待たせていたが、理由を説明すると、「いくらあなた方が優秀なカメラマンでもカメラがなくてはどうにもならないわね。お祈りしましょう」とあっさり言われた。カメラマンは新藤監督の仲間で共産主義者だから、お祈りなんかできるかという態度だった。私も似たようなもんだった。しかし私はマザーとの出会いを通して、祈りとは自分の欲得のためのものでなく、自分が役に立つ仕事をさせてくださいとすべきではないかと感じた。1時間ぐらいマザーと一緒に祈ったのだが、2週間ぐらいかかるといわれたカメラが2日後に届いた。共産主義者のカメララマンはマザーに「やっぱり祈りは大事だね」と言っていた。

 ちょうど撮影が始められたのは12月8日、若いシスターの誓願式だった。あなたたちが生涯貧しい人のために尽くそうこの日に間に合うように、カメラが届き撮影が始められたと、マザーは挨拶の中で言われた。その言葉は若いシスターたちに語りかけられたものだが、私自身の生き方について語りかけられたと感じた。



マザーは言われた。老いたり、病になったりすることは、不幸であるというより、不自由に過ぎない。「私は誰からも必要とされていない」と感じる事が最大の不幸だ。幸せは3つある。生まれて育てられる「与えられる」幸せ。だんだん成長し「できるようになる」幸せ。「他人に与えられる」幸せ。



マザーへのインタビューでいろいろな質問をさせてもらった。

「日本人にメッセージを!」と聞くと、「祈ることの大切さを知らせてください。」と言われた・祈りとは、自分の願いをすることでなく、自分の生き方を神に問いかけること。

祈りはカトリックでは非常に重要で、司教によってはとても難しく哲学的に語られる。マザーはそんな時「祈りについて難しくしないでください」と言われて、「祈りとは三つのことに気がつくこと」と明快に言われた。一つは「生かされている」感謝に気づくこと。二つ目は自分の欠点に気づき反省すること。三つ目は自分の可能性に気がつくこと。昨日までの自分より今日の自分は可能性がある。

 あるときマザーを取材に行ったとき、同行した通訳のインド人女性が、マザーに聞いた。「私は共産主義者なのですが神様に出会えるでしょうか」。するとマザーはあなたの名前はとたずね、「ラマ・ラクシュミリ」と答えると、ラクシュミリはヒンズー教の神様の名前ねと言い、「あなたがいつか神様に出会えるように今日から私も祈りましょう」とさっと言われた。マザーは何より自分ができることをミスから実践する人だった。ラマさんはありがとうございますとお礼を言われた。その後しばらくして彼女から手紙が来た。結婚の知らせだった。相手はクリスチャンだった。またしばらくして手紙が来た。「子供が生まれました。そして主人は子供に洗礼を受けさせると言っています。私も洗礼を受けることになりました」と書かれていた。彼女は神様に出会えた。



 私は妻と一緒にマザーの映画を作る活動をしていたが、夫婦でマザーにお会いした時、「あなたはマザーと呼ばれていますが子供は持っておられません。お母さんとはどんなイメージですか?」と質問した。

「母とは、そこに居るだけで安らぎと喜びと希望と与えられる人のこと」と言われ、思わず妻は俯かざるをえなかった。

父親とは?と聞くと、「家族のために命をかけるという生きかたをする人、正義のために命をかけるという生きかたする人」と言われ、今度は私が下を向く番だった。

 子供とは?

「子供は神様の贈り物。神様が喜ばれるように育て上げることが大人の責任。」。

愛って何ですか?

「Love is giving 自己犠牲をしても他に与えること」。



映画には出てこないが、マザーはとてもユーモラスな人。周りの人を思わず微笑ませることのできる人だった。微笑みの秘訣とはユーモア。「にもかかわらず・・・微笑むこと」

日本にもマザーを師事する人たちがたくさん活動をしている。一人暮らしの老人の世話をしていたり、刑務所の慰問をしたりとか、自分のできる地道な活動をしており、その数は少しずつ増えて現在5,000人ぐらいになっている。元々マザーは自分の活動を外へアピールするタイプではなく、自分のできる活動を地道に実践するタイプの人。私はどうしても日本人にマザーをことを伝えたくて、撮影許可を頂き映画を作った。彼女は世界的に有名になりノーベル平和賞まで受賞したが、彼女自身は、自分のできることを地道に実践し続けた人なのです。



“So it is not how much we are doing , but how much love we put in the doing
that fulfills aim.”

「たいせつなことは

どれだけたくさんのことや偉大なことをしたかではなく

どれだけ心をこめてしたかです              」



 






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 志ネットワーク青年塾ホームページ
 http://www.kokorozashi.net/
by topzemi-aobajuku | 2011-01-23 23:42 | 大野木塾長 | Comments(0)

1986年開塾~!青葉塾長ブログです


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