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青葉塾 塾長ブログ

柔道

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平成23年9月5日(月)
1545号

「柔道」

致知のメルマガにいい記事がありました。
先だってのパリでの世界柔道選手権
軽量級は金メダルラッシュでしたが
中量級、重量級は厳しい結果となりました。
午前0時30分からと遅い時間でしたが
しっかりと見ていました。
その中、66キロ級でみごと金メダルの
海老沼選手が講道学舎の出身ということで
気になっていました。
「講道学舎」って何????
確か、講道館というのは聞いたことがあるな~
程度のものでした。
彼がインタビューで講道学舎での練習から
比べると・・・・的な発言もあって気になっていたのです。


■「致知随想」ベストセレクション
──────────────
 「日本男子を育てる」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

中山美恵子(講道学舎常務理事)

『致知』2003年6月号「致知随想」
肩書きは『致知』掲載当時のものです

…………………………………

 昭和三十九年の東京五輪――。
 誰もが金メダルを独占するだろうと思っていた日本柔道が
 オランダのヘーシング選手に敗北を喫しました。
 
 その時、
 「これではいかん。もう一度何としても
  強い日本男子を育てなければ」
  と一人の男が立ち上がりました。

  それが横地治男、私の父です。


 父は職業軍人として満州で終戦を迎え、
 復員後は実業の世界に身を置きました。
 しかし、東京五輪での柔道の敗北は
 日本男子として遺憾の極みだったようです。
 父だけではありません。
 
 作家の井上靖先生、元日商会頭の永野重雄先生や
 元日経連会長桜田武先生ら、
 高専柔道で汗を流した方々も思いは同じ。
 先生方に励まされ、父は昭和五十年に柔道の私塾
 「講道学舎」を創設したのでした。

 あれから約三十年。
 明治生まれの父に子孫のために
 美田を残そうなどという思いは毛頭ありません。
 
 ひたすら国のため、そして戦地で亡くなられた
 戦友たちへの弔いのために、
 もう一度強い日本男子を育てたい一心で、
 心も体もお金も自分の持てるものは
 すべて講道学舎へ捧げてきました。
 
 「生活をともにせねば弟子は育たない」が持論の父は、
 道場の他に寄宿舎を設立。
 
 生徒たちは中学から高校までの六年間を
 親元を離れ学舎に寄宿します。
 
 そうなると当然食事などの生活面の世話をし、
 心をケアする母親役が必要になり、
 そこで白羽の矢が立ったのが私でした。
 
 「おまえならできる」との父の一言で、
 主人や子どもたちとともに移り住んだのです。

 私が寮母兼母親役として
 数多くの生徒たちを見てきてつくづく感じるのは、
 柔道はどこまでも奥が深い競技だということです。
 
 畳の上に立てばこれまでどんな日常生活を送ってきたか、
 言うなれば自分がどんな人間であるかがすべて
 顕(あらわ)になるのです。

 わが学舎を巣立った生徒に、
 バルセロナ五輪で金メダルを取った
 古賀稔彦と吉田秀彦がいます。
 
 彼らの生活振りは、やはり一目置くところがありました。
 私は古賀が柔道着を洗濯機で洗っているのを
 見たことがありません。
 
 柔道着を何よりも大切にし、いつも丁寧に
 たわしで手洗いしていました。
 
 また、休日も遊ぶより次の稽古のために休養に充て、
 いつも夜十時には部屋の電気が消えるような生活を
 送っていました。
 
 吉田は、多くの生徒が大学進学が決まって
 ほっと一息つく高校三年の冬、
 「妥協しない、妥協しない」と言って
 率先して朝稽古に向かっていました。


 柔道は、心技体の三つが揃わなければ、
 真の強者にはなれません。
 
 私は心技体のうち、生徒たちの心と体の育成という
 非常に大きな役割を担っていますが、
 いつも心がけていることは
 ありのままの自分で生徒たちと真正面からぶつかること、
 そして公平であること以外にありません。

 生徒はみな、思春期を迎えた多感な少年たちです。
 特に中学一、二年生の頃は
 人間としての自我が芽吹く時期で、
 そのエネルギーたるや凄まじい勢いです。
 
 中にはエネルギーを持て余し、ツッパってみたり
 不良の真似事をしてみたりする子も出てきます。
 反発し、時にすごい勢いで私に
 歯向かってくることもありますが、
 その時私は彼らの言い分に最後まで耳を傾けます。
 
 真っ赤な顔をして私に思いをぶつけるだけぶつけると、
 すとんと肩を落とす瞬間があるのです。そこで、
 
 
 「君の考えはわかった。
  ママさんにも考えがあるから聞いてくれる?」
  
 と言ってきちんと話すと、大抵素直に聞いてくれます。
 それを全部ぶつけないうちに抑えつけてしまうから、
 子どもたちは不満が残ってますます反発していくのです。
 
 こうして中学一、二年生のうちに
 しっかりと軌道修正しておくと、
 高校生になった時には進んで
 私を手伝ってくれるから不思議なものです。

 彼らのエネルギーを正しい道へ向け、
 父と生徒の掛け橋となる。
 そして全体を一つの方向にまとめるのが
 母親役である私の役目であり、
 さらには女性の役割だと思っています。

 日頃男の子に囲まれて暮らしていると
 つくづく感じますが、男子は母性無くして育たないのです。
 いま、世の母親は過保護か無関心かの二通りで、
 男子を育てません。
 
 息子を猫可愛がりし、
 「あれ食べる? これ食べる?」と
 あれこれ世話を焼きますが、
 これでは子どもは「うん」と「ううん」しか話さず、
 自分で考えて行動することができません。
 
 また、自分の幸せばかりを追求し、
 母親が夫や息子に無関心だと、
 彼らは頼りにされていることを実感できず、
 いつまでも父性が育たないのです。

 たとえ十二歳の生徒でも、
 「ママさん困っているんだ。どうしようかな」と相談すると、
 「僕がやります」と言って力になってくれます。
 
 男子は女性が信じて頼ることで、初めて
 「母ちゃんを喜ばせたい」とか、
 「俺がこの女を幸せにするんだ」という父性に目覚め、
 それが原動力となって社会で活躍していくのです。

 世の中では、女性が家庭にいて夫と子どもの
 中間子でいることが、何か人間の権利を奪われたように
 言う人もいますが、とんでもないことです。
 
 中間子の役割がどれだけ大きいかをもっと認識すべきです。
 中間子次第で家庭は円満にもなり崩壊もするのですから。

 講道学舎では、私が父と生徒たちの中間子です。
 みんなが気持ちよく生活し、
 本当に強い日本男子を育てるため、
 しっかりと支えていきたいと思います。

致知のメルマガは
■「致知随想」ベストセレクション
────────────────────────────────────


      「日本男子を育てる」
       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


      中山美恵子(講道学舎常務理事)


             『致知』2003年6月号「致知随想」
             ※肩書きは『致知』掲載当時のものです


…………………………………………………………………………………………………

 昭和三十九年の東京五輪――。
 誰もが金メダルを独占するだろうと思っていた日本柔道が
 オランダのヘーシング選手に敗北を喫しました。
 
 その時、
 「これではいかん。もう一度何としても
  強い日本男子を育てなければ」
  と一人の男が立ち上がりました。

  それが横地治男、私の父です。


 父は職業軍人として満州で終戦を迎え、
 復員後は実業の世界に身を置きました。
 しかし、東京五輪での柔道の敗北は
 日本男子として遺憾の極みだったようです。
 父だけではありません。
 
 作家の井上靖先生、元日商会頭の永野重雄先生や
 元日経連会長桜田武先生ら、
 高専柔道で汗を流した方々も思いは同じ。
 先生方に励まされ、父は昭和五十年に柔道の私塾
 「講道学舎」を創設したのでした。

 あれから約三十年。
 明治生まれの父に子孫のために
 美田を残そうなどという思いは毛頭ありません。
 
 ひたすら国のため、そして戦地で亡くなられた
 戦友たちへの弔いのために、
 もう一度強い日本男子を育てたい一心で、
 心も体もお金も自分の持てるものは
 すべて講道学舎へ捧げてきました。
 
 「生活をともにせねば弟子は育たない」が持論の父は、
 道場の他に寄宿舎を設立。
 
 生徒たちは中学から高校までの六年間を
 親元を離れ学舎に寄宿します。
 
 そうなると当然食事などの生活面の世話をし、
 心をケアする母親役が必要になり、
 そこで白羽の矢が立ったのが私でした。
 
 「おまえならできる」との父の一言で、
 主人や子どもたちとともに移り住んだのです。

 私が寮母兼母親役として
 数多くの生徒たちを見てきてつくづく感じるのは、
 柔道はどこまでも奥が深い競技だということです。
 
 畳の上に立てばこれまでどんな日常生活を送ってきたか、
 言うなれば自分がどんな人間であるかがすべて
 顕(あらわ)になるのです。

 わが学舎を巣立った生徒に、
 バルセロナ五輪で金メダルを取った
 古賀稔彦と吉田秀彦がいます。
 
 彼らの生活振りは、やはり一目置くところがありました。
 私は古賀が柔道着を洗濯機で洗っているのを
 見たことがありません。
 
 柔道着を何よりも大切にし、いつも丁寧に
 たわしで手洗いしていました。
 
 また、休日も遊ぶより次の稽古のために休養に充て、
 いつも夜十時には部屋の電気が消えるような生活を
 送っていました。
 
 吉田は、多くの生徒が大学進学が決まって
 ほっと一息つく高校三年の冬、
 「妥協しない、妥協しない」と言って
 率先して朝稽古に向かっていました。


 柔道は、心技体の三つが揃わなければ、
 真の強者にはなれません。
 
 私は心技体のうち、生徒たちの心と体の育成という
 非常に大きな役割を担っていますが、
 いつも心がけていることは
 ありのままの自分で生徒たちと真正面からぶつかること、
 そして公平であること以外にありません。

 生徒はみな、思春期を迎えた多感な少年たちです。
 特に中学一、二年生の頃は
 人間としての自我が芽吹く時期で、
 そのエネルギーたるや凄まじい勢いです。
 
 中にはエネルギーを持て余し、ツッパってみたり
 不良の真似事をしてみたりする子も出てきます。
 反発し、時にすごい勢いで私に
 歯向かってくることもありますが、
 その時私は彼らの言い分に最後まで耳を傾けます。
 
 真っ赤な顔をして私に思いをぶつけるだけぶつけると、
 すとんと肩を落とす瞬間があるのです。そこで、
 
 
 「君の考えはわかった。
  ママさんにも考えがあるから聞いてくれる?」
  
 と言ってきちんと話すと、大抵素直に聞いてくれます。
 それを全部ぶつけないうちに抑えつけてしまうから、
 子どもたちは不満が残ってますます反発していくのです。
 
 こうして中学一、二年生のうちに
 しっかりと軌道修正しておくと、
 高校生になった時には進んで
 私を手伝ってくれるから不思議なものです。

 彼らのエネルギーを正しい道へ向け、
 父と生徒の掛け橋となる。
 そして全体を一つの方向にまとめるのが
 母親役である私の役目であり、
 さらには女性の役割だと思っています。

 日頃男の子に囲まれて暮らしていると
 つくづく感じますが、男子は母性無くして育たないのです。
 いま、世の母親は過保護か無関心かの二通りで、
 男子を育てません。
 
 息子を猫可愛がりし、
 「あれ食べる? これ食べる?」と
 あれこれ世話を焼きますが、
 これでは子どもは「うん」と「ううん」しか話さず、
 自分で考えて行動することができません。
 
 また、自分の幸せばかりを追求し、
 母親が夫や息子に無関心だと、
 彼らは頼りにされていることを実感できず、
 いつまでも父性が育たないのです。

 たとえ十二歳の生徒でも、
 「ママさん困っているんだ。どうしようかな」と相談すると、
 「僕がやります」と言って力になってくれます。
 
 男子は女性が信じて頼ることで、初めて
 「母ちゃんを喜ばせたい」とか、
 「俺がこの女を幸せにするんだ」という父性に目覚め、
 それが原動力となって社会で活躍していくのです。

 世の中では、女性が家庭にいて夫と子どもの
 中間子でいることが、何か人間の権利を奪われたように
 言う人もいますが、とんでもないことです。
 
 中間子の役割がどれだけ大きいかをもっと認識すべきです。
 中間子次第で家庭は円満にもなり崩壊もするのですから。

 講道学舎では、私が父と生徒たちの中間子です。
 みんなが気持ちよく生活し、
 本当に強い日本男子を育てるため、
 しっかりと支えていきたいと思います。

■「致知随想」ベストセレクション
────────────────────────────────────


      「日本男子を育てる」
       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


      中山美恵子(講道学舎常務理事)


             『致知』2003年6月号「致知随想」
             ※肩書きは『致知』掲載当時のものです


…………………………………………………………………………………………………

 昭和三十九年の東京五輪――。
 誰もが金メダルを独占するだろうと思っていた日本柔道が
 オランダのヘーシング選手に敗北を喫しました。
 
 その時、
 「これではいかん。もう一度何としても
  強い日本男子を育てなければ」
  と一人の男が立ち上がりました。

  それが横地治男、私の父です。


 父は職業軍人として満州で終戦を迎え、
 復員後は実業の世界に身を置きました。
 しかし、東京五輪での柔道の敗北は
 日本男子として遺憾の極みだったようです。
 父だけではありません。
 
 作家の井上靖先生、元日商会頭の永野重雄先生や
 元日経連会長桜田武先生ら、
 高専柔道で汗を流した方々も思いは同じ。
 先生方に励まされ、父は昭和五十年に柔道の私塾
 「講道学舎」を創設したのでした。

 あれから約三十年。
 明治生まれの父に子孫のために
 美田を残そうなどという思いは毛頭ありません。
 
 ひたすら国のため、そして戦地で亡くなられた
 戦友たちへの弔いのために、
 もう一度強い日本男子を育てたい一心で、
 心も体もお金も自分の持てるものは
 すべて講道学舎へ捧げてきました。
 
 「生活をともにせねば弟子は育たない」が持論の父は、
 道場の他に寄宿舎を設立。
 
 生徒たちは中学から高校までの六年間を
 親元を離れ学舎に寄宿します。
 
 そうなると当然食事などの生活面の世話をし、
 心をケアする母親役が必要になり、
 そこで白羽の矢が立ったのが私でした。
 
 「おまえならできる」との父の一言で、
 主人や子どもたちとともに移り住んだのです。

 私が寮母兼母親役として
 数多くの生徒たちを見てきてつくづく感じるのは、
 柔道はどこまでも奥が深い競技だということです。
 
 畳の上に立てばこれまでどんな日常生活を送ってきたか、
 言うなれば自分がどんな人間であるかがすべて
 顕(あらわ)になるのです。

 わが学舎を巣立った生徒に、
 バルセロナ五輪で金メダルを取った
 古賀稔彦と吉田秀彦がいます。
 
 彼らの生活振りは、やはり一目置くところがありました。
 私は古賀が柔道着を洗濯機で洗っているのを
 見たことがありません。
 
 柔道着を何よりも大切にし、いつも丁寧に
 たわしで手洗いしていました。
 
 また、休日も遊ぶより次の稽古のために休養に充て、
 いつも夜十時には部屋の電気が消えるような生活を
 送っていました。
 
 吉田は、多くの生徒が大学進学が決まって
 ほっと一息つく高校三年の冬、
 「妥協しない、妥協しない」と言って
 率先して朝稽古に向かっていました。


 柔道は、心技体の三つが揃わなければ、
 真の強者にはなれません。
 
 私は心技体のうち、生徒たちの心と体の育成という
 非常に大きな役割を担っていますが、
 いつも心がけていることは
 ありのままの自分で生徒たちと真正面からぶつかること、
 そして公平であること以外にありません。

 生徒はみな、思春期を迎えた多感な少年たちです。
 特に中学一、二年生の頃は
 人間としての自我が芽吹く時期で、
 そのエネルギーたるや凄まじい勢いです。
 
 中にはエネルギーを持て余し、ツッパってみたり
 不良の真似事をしてみたりする子も出てきます。
 反発し、時にすごい勢いで私に
 歯向かってくることもありますが、
 その時私は彼らの言い分に最後まで耳を傾けます。
 
 真っ赤な顔をして私に思いをぶつけるだけぶつけると、
 すとんと肩を落とす瞬間があるのです。そこで、
 
 
 「君の考えはわかった。
  ママさんにも考えがあるから聞いてくれる?」
  
 と言ってきちんと話すと、大抵素直に聞いてくれます。
 それを全部ぶつけないうちに抑えつけてしまうから、
 子どもたちは不満が残ってますます反発していくのです。
 
 こうして中学一、二年生のうちに
 しっかりと軌道修正しておくと、
 高校生になった時には進んで
 私を手伝ってくれるから不思議なものです。

 彼らのエネルギーを正しい道へ向け、
 父と生徒の掛け橋となる。
 そして全体を一つの方向にまとめるのが
 母親役である私の役目であり、
 さらには女性の役割だと思っています。

 日頃男の子に囲まれて暮らしていると
 つくづく感じますが、男子は母性無くして育たないのです。
 いま、世の母親は過保護か無関心かの二通りで、
 男子を育てません。
 
 息子を猫可愛がりし、
 「あれ食べる? これ食べる?」と
 あれこれ世話を焼きますが、
 これでは子どもは「うん」と「ううん」しか話さず、
 自分で考えて行動することができません。
 
 また、自分の幸せばかりを追求し、
 母親が夫や息子に無関心だと、
 彼らは頼りにされていることを実感できず、
 いつまでも父性が育たないのです。

 たとえ十二歳の生徒でも、
 「ママさん困っているんだ。どうしようかな」と相談すると、
 「僕がやります」と言って力になってくれます。
 
 男子は女性が信じて頼ることで、初めて
 「母ちゃんを喜ばせたい」とか、
 「俺がこの女を幸せにするんだ」という父性に目覚め、
 それが原動力となって社会で活躍していくのです。

 世の中では、女性が家庭にいて夫と子どもの
 中間子でいることが、何か人間の権利を奪われたように
 言う人もいますが、とんでもないことです。
 
 中間子の役割がどれだけ大きいかをもっと認識すべきです。
 中間子次第で家庭は円満にもなり崩壊もするのですから。

 講道学舎では、私が父と生徒たちの中間子です。
 みんなが気持ちよく生活し、
 本当に強い日本男子を育てるため、
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by Topzemi-aobajuku | 2011-09-05 14:05 | 大野木塾長 | Comments(0)
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