人気ブログランキング |

青葉塾 塾長ブログ

いい話

平成21年12月5日(土)
921号

「いい話」

致知のメルマガにいい話がありました。
昨日は洞爺にいってきました。
上甲晃さんのお話しのなかに
「心を育てる」には実際に経験してみないといけない、
そうでなければ、頭でわかっているだけであって
本当にわかったことにはならない。
そのために、青年塾では掃除と食事を大切にしています。
といったお話しがありました。

知識や技能は勉強すること
また経験によって身について
いきます。
ならば、目に見えない「心」を育てるにはどうするか?
難しいテーマですね。




     人間力・仕事力が確実にアップする
           致知出版社メルマガ
          http://www.chichi.co.jp/   【2009/12/3】                 
                     致知出版社編集部 発行
■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇■

 このメールマガジンでは、皆さまの人間力・仕事力アップに
 役立つ言葉や逸話を厳選して紹介しています。

 本日は2006年12月号に掲載された、
 西端春枝様のお話から──。


────────────────────────────────────


             「みてござる」


          西端春枝(大谷派浄信寺副住職)


      『致知』2006年12月号
             石川洋氏(托鉢者)との対談記事より
     http://www.chichi.co.jp/monthly/200612_pickup.html#pick1


────────────────────────────────────


私は大谷学園という仏教の学校を出ております。
当時、左藤義詮という校長先生がおられて、
私が大谷にいる間、繰り返し繰り返しおっしゃっていたのが


「みてござる」


という言葉でした。

私は石川洋先生の会に出て、
なぜかこの言葉を思い出したのですね。

その話のいわれを少し
お話しさせていただいてもよろしいでしょうか。


* *


左藤先生は立派なお寺の住職さんで、
後に大阪の知事になられた方ですけれども、
ある時大阪・船場の問屋さんにお説教に行かれるんですね。

その問屋の玄関に立った時、
大きな扁額があり、平仮名で


「みてござる」


と書いてあったらしいのです。

上へ上がられたら応接間にも「みてござる」、
お手洗いにも「みてござる」、
仏間にも「みてござる」の額が飾ってある。

それで左藤先生がご主人に

「珍しいですね。
 扁額はよう読まない難しい字が
 書かれてあるものなのに」

とお尋ねになったら、
ご主人は次のような話を始められたのだそうです。 


* *


その方のお父さんは飛騨高山のご出身なのですが、
小さい時に父親を亡くされて貧乏のどん底でね。
お母さんが「どうしてもおまえを養えないから」
とおっしゃって、十三歳で大阪に奉公に行かれるのです。

いよいよ明日は見知らぬ大阪に出発という日の晩、
二人ともなかなか眠れない。

お母さんが「じゃあ、お話ししようか」と
夜が白むまで子どもにお話をされました。


「貧乏でおまえに何もしてあげられなかった。
 何か餞別をしたいんだけど、それもできない。
 物を買うお金もないので、火にも焼けないし
 水にも流れない言葉をあなたに贈ります」


そう言ってお母さんが平仮名で書いて、
少年に手渡されたのが「みてござる」という言葉だったんです。


少年はその言葉を持って大阪に出るのですが、
やはり辛い船場でのご奉公があって、
ある時淀川の堤防を歩きながら


「辛いなあ、お母さん恋しいなぁ。
 この川にはまれば楽になれるのに」


と思っていたら、ふと「みてござる」という言葉が
頭に浮かんで少年を引き戻すんですね。

それからも、先輩からいじめられたり、
いろいろ辛い体験をされるのですが、
そういう時のお守りが常に
「みてござる」だったといいます。


* *


この方はやがて船場で店を張るまでに成功し、
七十五歳でお亡くなりになられます。
臨終の場に息子たちや番頭さんを集めて

「いろいろお世話になりました。
 私はおかげさまで成功できたと思うけれども、
 それには、やはり目に見えない私を
 引っ張ってくれるものがあった。

 それが『みてござる』という言葉なんや。
 どうか子々孫々に伝えて
 長くわが家の家宝としてほしい」

と言われたというんです。


私は左藤先生に七年ほどお世話になりましたけれども、
法話の時間に「みてござる」という言葉を、
先ほどのお話以外にも聞かされたのでした。
だからこそ皮膚の中から入ったのかなと思います。

左藤先生にしてみたら「言わずにおれない」
というお気持ちだったのでしょう。
本当の教育者でした。
by topzemi-aobajuku | 2009-12-05 10:48 | 大野木塾長 | Comments(0)
<< 編入試験④ いい天気 >>